夢の赤い人





 朝、娘が「夢を見た」と言いました。
母は「どんな夢?」と聞き返します。
 怖い夢。そう娘は言いました。

 娘はその夢を絵に描きます。
表情のない赤い人が描かれています。服もなく全身赤く塗られた人型で、ただ目と口だけが赤く塗られず、画用紙の白で表現されていたのです。
娘がいつもの通りに描く空間の中で、それは異様な空気を作り出していました。
「その人は一体夢の中で何をしたの」
そう聞くと娘は再び絵を描きはじめました。
 地獄の様な絵を。
泉も川も、その毒々しい水を吸ったのか草木も、何もかもが赤いのです。
 母は顔をしかめ、娘に夢を忘れように言い、その絵を捨てました。
「まだ続きがあるのに」
娘は不満そうでしたが、特に何も言いませんでした。
 その晩、母も夢を見ました。
赤い夢を。娘が見たであろう夢を。
あの赤い人の夢を。

 初め、白色が目前を覆っていました。
ずっとずっと白いまま、音もなく、何の感触もしない夢の中、時間だけが過ぎてゆくのです。
自分の体も確認できないまま、白い世界だけがあるのです。
















      孤独、少し違います。            痛み、何かが違います。
 冷たさ、何か違います。
                     悲しさ、やはり何か違います。


 この感情は何でしょうか。
怖さ、恐怖。
今挙げた感覚全て。



 何か。
赤い何かが、やってきます。
娘でない、とても小さい一人の何かが来ます。赤い、顔のない人が。女の人の様な体の線をした。
 それは、救い神のように思えます。
この世界に、何かが来たのですから。
 その人は体の一部を大きく膨れさせて、粉々に弾けました。
 世界が、赤い世界ができました。
白い画用紙の様な世界に赤い景色が完成し、涙が出るほどの嬉しさを感じました。
 手で、白い上に浮いたように存在する落ち葉を探ると、赤い人を見つけました。
指より小さい人を取り、ぽつり言葉が出ました。
「ありがとう」

 朝、目覚めると、娘が眠っていました。
母は軽く、その頭をなでました。



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